【大学受験】慶應義塾大学 法学部 過去問<世界史>2018

問題 1

以下の文章の空欄(1)|(2) から (13) (14)に入る最も適切な語句を語群より選び、その番号を解答 用紙の所定の欄にマークしなさい。また, 下線部(ア)から(カ)に関する設問に答えなさい。

朝鮮半島の歴史は,中国との関わりなくして語ることができない。 薫の王である慮箱に仕えていた|(1) | (2) 口が建てた国は,漢の武帝によって滅亡した。武帝の対外政策は、 朝鮮4部を設置するなど,征服によって直接支配をしようとするものであった。

高句麗では,中国王朝との関係の安定を図りつつ, 好太王の息子である長寿王によって (3) (4) への遷都が なされた。一方, 朝鮮半島南部では,韓族の小国が分立したが、(5) (6) |12国の一つである斯盧国を基盤に 新羅が国家を形成した。6世紀末には階が中国を統一し、高句麗新羅はその冊封を受けた。高句麗は,隋の後に成立した 層にもすぐに使者を派遣したが、その後、唐と新羅の連合軍によって滅ぼされた。 7世紀末には朝鮮半島北部を含む地域で国がおこった。この国では、8世紀の中頃に都が(7) (8) |に移され。 官僚制など店の制度が導入されたほか、仏教も盛んであった。その後も,朝鮮半島の文化は,中国から多大な影響を 受けることになる。

王建が建てた高麗は、開京を都としたほか,高句麗の旧都を西京、新羅の旧都を東京, 百済の旧都である (9) (10)] を南京とする4京体制をとった。高麗がそれらの国家を継承する正統な支配者であることを示したものと考えられている。 高麗は,建国直後にはまず後唐冊封関係を結び, 朝鮮半島統一後には家などからも冊封を受けた。

便意を破って名声を高めた李成桂は,新たな王朝を成立させて国号を朝鮮とした。李氏朝鮮は,明との間で冊封関係を 結んだ。その後、満朝がおこったことにより、中国 (11) (12)化したと考える小中華思想が芽生えた。 1811年には、没落した両班の (13) (14)を中心とした下級士族や一般住民による蜂起が発生するなど, 朝鮮 半島は混迷の時代に入る。朝鮮半島をめぐり日本と清との間で対立が激化し,ついには、日清戦争が勃発する。 その後、日本による支配や米ソによる軍政の時代を経て、大韓民国朝鮮民主主義人民共和国がそれぞれ成立した。 朝鮮戦争への参戦など,現代の朝鮮半島を理解するうえでも中国との関わりは重要なものとなっている。

【設問

下線部(ア) 朝鮮4部に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を (15)(16) にマークしなさい。

[O] 朝鮮4部は,漢4部とも呼ばれ, 南方の南海部や交趾郡と同じ年に設置された。
[2] 楽浪郡は,日本列島の小国との交易の窓口でもあったが、4世紀初めに消滅した。
[03] 帯方郡は,朝鮮4郡の一つとして楽浪郡の南方に設置されたが,韓や減によって消滅した。
[4] 玄都は,楽浪郡の北方に設置されたが,前1世紀頃に山東半島まで後退した。

下線部(イ) 朝鮮半島の文化に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を (17)(18)にマークしな

[01] 新羅は,律令制をしき、骨品制を定め,都には仏国寺や石窟庵が建てられた。
[02] 科挙は,高麗で導入され,地方にも多くの書院が建てられたが, 李氏朝鮮初期に廃止された。
[03] 朝鮮の第3代国王の時代には,世界で初めて金属活字が用いられるとともに,固有の表音文字が制定された。
[04] 南宋の朱震によって体系化された教哲学である朱子学は,朝鮮時代末期になって官学とされた。

「下線部(ウ)日清戦争の前後における朝鮮半島をめぐる動きに関し,最も適切な記述を下から選び, その番号を | (19) (20)|にマークしなさい。

[01] 高宗の父である全漢大院君は,行政・財政改革、身分制度の撤廃、満との冊封朝貢関係廃止など近代化の改革を閲氏とともにおこなった。
[02] 江華条約は,釜山, 清津、仁川の開港や日本公使館の設置, 日本の領事裁判権などを定めた不平等条約であった。
[09] 日本と清によって1895年に結ばれた下関条約は、遼東半島、台湾などの日本への割譲について定めた。
[04] 朝鮮半島北部を拠点として,国政改革と独立の維持を目指した独立協会は, 1895年に大韓帝国政府によって解散 「させられた。

「下線部(エ) 大韓民国における1990年頃の動きに関し、出来事が起こった順序として最も適切なものを下から選び、 その番号を(21) (22) |にマークしなさい。

[01] 民主化宣言-ソウル五輪一緯ソ国交樹立一中韓国交樹立一国際連合加盟
[02] 民主化宣言-ソウル五輪国際連合加盟一中韓国交樹立一韓国交樹立
[03] 民主化宣言一国際連合加盟-ソウル五輪中韓国交樹立一韓ソ国交樹立
[4] 民主化宣言ソウル五輪一韓ソ国交樹立一国際連合加盟一中韓国交立

下線部(オ) 朝鮮民主主義人民共和国をめぐる冷戦終結後の動きに関し、出来事が起こった闘序として最も適切なもの を下から選び, その番号を(23) (24)]にマークしなさい。

[1] 金大中大統領の訪朝一初の日朝首脳会談一六カ国協議開始一蔵武鉉大統領の訪朝一金正日国防委員長死去
[02] 金大中大統領の訪朝一初の日朝首脳会談一蔵武鉉大統領の訪朝一六カ国協議開始一金正日国防委員長死去
[03] 金大中大統領の訪朝一蔵武鉉大統領の訪朝一初の日朝首脳会談一六カ国協議開始一金正日国防委員長死去
[04] 金大中大統領の訪朝-六カ国協議開始一初の日朝首脳会談一蔵武鉉大統領の訪朝一金正日国防委員長死去

下線部(カ) 朝鮮戦争に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を(25)(26)|にマークしなさい。

[01] 1950年6月,当時国家主席の職にあった金日成の命令により,朝鮮人民軍が韓国に侵攻した。
[02] 国連軍が中朝国境近くまで迫ると,ソ連中華人民共和国が同時に人民志願軍を派遣した。
[3] 戦争勃発から半年後には,北緯38度線上にある板門店で休戦交渉が始まった。
[4] 体戦後、ソ朝友好協力相互援助条約よりも先に米韓相互防衛条約が締結された。

【語群)
05.開城
10. 霊別
01. 英秋
06, 会寧
11. 下生
16. 集安
02.島孫
07. 加羅
12. 元山
17. 上京竜泉府
22.盛京
27. 澤俊
32. 平壌
03. 衛満
8. 濃城
13. 洪景来
18. 炭韓
3. 全州
28. 致良知
33、弁韓
04. 華夷
09. 金玉均
14. 光
19. 仁川
24. 全棒準
29. 任那
34. 注射
15. 電済患
20. 心理
25. 衆教に
0、馬韓
21. 輝行
26. 檀君
31. 釜山
35.離別」

 


問 題 II

以下の文章の空機 (27) (28) から (35) (36)|に入る最も適切な語句を語群より選び, その番号を解答 用紙の所定の欄にマークしなさい。また, [A]から[C], [1] から [N], 及び下線部(ア)から(オ)に関する設問に 答えなさい。

テムジンはモンゴル高原に割拠していたモンゴル・トルコ系部族をまとめ, クリルタイ(集会)でハン位についた(チン ギス=ハン)。チンギス=ハンは征西し,トルコ系で」(27) (28) を信仰するナイマン及びイスラーム国家[I] を 倒し,さらに征西への従軍を拒否した西夏を滅ぼした。[I] 制圧で功績をあげたチンギス=ハンの次子は中央アジアに 領土を与えられた([A]=ハン国)。第2代皇帝のオゴタイは、即位後、ツングース女真人の王朝 (29) (30) を 倒したのち, チンギス=ハンの孫であるバトゥを総大将として遠征軍を送り「[I] を滅ぼし、さらにドイツ・ポーランドの 連合軍と戦って勝利を収めた。パトゥはオゴタイの死後, モンゴルには帰国せず, ヴォルガ川近くに都を建設して [B] =ハン国を建てた。

第4代皇帝モンケの時代、弟のフビライ雲南の[D], チベット, 高麗や南宋の征服に乗り出した。同じく弟のフラグ は西進してルーム=セルジューク朝服従させ, 1258年には [N] を滅ぼした。プラグはさらにエジプトを目指して南下 する途中で都を建設し, [C] =ハン国を建てた。フラダの部隊はさらに南下したが、 モンゴル軍はサラディンに並ぶ英雄 パイパルスに敗れた。[C]=ハン国では, 13世紀末のガザン=ハンの時代に宰相ラシド=アッディーンの下で最盛期を 迎え, イランイスラーム文化が成熟した。

モンゴル帝国の拡大は, ローマ教皇庁を代表とする西欧諸国やイスラーム勢力との接触・交流を促進させた。パトゥや フラダの建国は,第5回十字軍 (31) (32) | が指揮した第6回・第7回十字軍とほぼ同時期であり, ドイツ・ ・ ポーランド連合軍に対するパトゥの勝利は、神聖ローマ帝国ローマ教皇庁にモンゴル軍に対する恐怖・不安を与えるに 十分であった。ローマ教皇や西欧諸国は, キリスト教世界の防衛のため, モンゴルの情報を集め,あるいは改宗させる意 図のもとに、使節を派遣した。

モンケの死後, ハン位をめぐる争いが激化し,プビライがクーデターを起こしてハン位につき(フビライ=ハン), モン ゴル帝国の最盛期を担った。フビライ=ハンは,国号を元と定め、中国全土を支配する国家を建設していった。海上進出を 図って日本や東南アジアへの遠征も行われた。また,東シナ海からインド洋 中東に至る。海上ルート及び陸上ルート が結合した交易網によって、人・物の東西交流が活発化した。さらに,元の都市では,王昭君の悲劇を題材とした (33) (34)|の作品『漢宮秋』をはじめとする庶民文化も栄えた。 モンゴル帝国内では,フビライ=ハンの即位に反対してオゴタイの孫であるハイドウの乱が起こり, [A]ハン国 [B]=ハン国, [C]=ハン国の3ハン国と元が並び立ち、西欧諸国やイスラーム諸国を巻き込んだ複雑な同盟の網の目が 張り巡らされた。14世紀の後半からモンゴル帝国は弱体化が進み,各地に継承国家が成立していく。東西に分裂した [A] ハン国の西半から,ティムール朝が生まれた。[B]=ハン国はパトゥの血統が途絶えた後、ティムール朝の侵攻を受け、 15世紀には, クリミア半島に成立した」(35) (36) 園などの小ハン国に分裂して弱体化した。元では国内の混乱 から白蓮教徒による農民反乱(紅中の乱)をはじめとして各地で反乱が起こり,明朝にとって代わられた。[C]=ハン国 では,フラグの血統が断絶し、ハン位争いと有力貴族の専横などで分裂状態となった。

[設間)

諸ハン園 [A][B] [C] の首都の組み合わせとして最も適切なものを下から選び, その番号をL(37)(38)」にマークしなさい。

[01] A サマルカンド ウケク  c バグダード 
[02] A アルマリク [サライ    C タブリーズ
03] A アルマリク  ウケク     C イスファハーン
[4] A カラコルム  サライ      C イスファハーン 
[05] A カラコルム ウケク    C タブリーズ

モンゴル帝国が倒した国家・王朝 [1] [I] [m] [N] の組み合わせとして最も適切なものを下から選び, その番号 を (39) | (40) にマークしなさい。

[OW]
I ホラズム=シャーI モスクワ大公国 | 南詔| アイユープ朝
[02] I ガズナ朝 I モスクワ大公国 | 南詔 W アッパース朝
[03] I ホラズム=シャーキエフ公国 II 大理 IV アッパース朝
[4] ガズナ朝 I キエフ公国 I 大理 | N アイユーブ朝
[05] I ホラズム=シャー I モスクワ大公国IV 南詔アッパース朝

「下線部(ア)の使節をはじめ, モンゴル皇帝との面会を果たした人物に関する内容として最も適切な記述を下から選び、 その番号を (41) (42)にマークしなさい。

[01] ジェノヴァ生まれの商人・探検家であるマルコ=ポーロは、海路で元に到達し、陸路で帰国した。
[02] モンゴル帝と面会を果たした順に並べると,ルプルック, プラノ カルピー, マルコ=ポーロとなる。
[03] マルコーポーロの旅行記である『世界の記述(東方見聞録)』は,彼が, ヴェネツィアの獄中で自己の見聞を記述したものであり,後にそれが出版された。
[04] プラノカルピニは,教皇インノケンティウス4世の命によりモンゴル帝国を訪ね, モンケーハンとの面会を果たした。
[05] プラノカルピニは,中園で最初のカトリック布教者であるモンテ=コルヴィノと同じく, ブランチェスコ会の修適士であった。

下線部(イ)の東南アジアへの遠征に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を(43) (44)にマーク

この問題については,選択肢の中に最も適切なものがないため、全員正解とすると大学から公表されています。

[01] ジャワ島東部に栄え、元を撃退して建国されたのが、ヒンドゥー教国のシンガサリ朝である。
[02] イラワディ川中流域に成立したビルマ最初の統一王朝であるパガン朝では、大衆部仏教が導入され、仏教文化が栄えた。
[03] 元との戦いを通して民族的自覚が高まったこともあり、陳朝では漢字を基にしたベトナムの文字チュノムを用いて自国の歴史書が編纂された。
[04] 李朝大越は,儒教や仏教を取り入れ,科挙の制度を置くなど、中国化を進め, 元の侵攻を3度撃退した。
[05] スマトラ島に起こったサンジャヤ朝は,宋代の中国では三仏済として知られた。

下線部(ウ)の元の交易網に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を(45) | (46)にマークし さい。

[0] 元における大運河は,旧来の大運河を補修させ, 済州河などの新運河を開かせたものである。
[02] ジャムチとよばれる駅伝制では、約100里ごとの駅に,近辺の住民より100戸が選ばれ, 鮎戸として使役された
[3] 大運河は,上部と江南との交通輸送を目的として整備された。
[04] 元では,基本通貨である銀の補助通貨として主に銅が使われた。
[05] 大運河の南端に位置する港市は, マルコ=ボーロがキンザイとよんだ揚州である。

下額部(エ)の人・物の東西交流に関する最も適切な記述を下から選び、その番号を (47) | (48)にマー

[01] 元代の科学者である郵守散は, 貞享暦を基にして授時暦を作成した。
[02] イスラーム世界からもたらされたコバルト顔料を用いた下絵に、釉薬をかけて高温焼成した白磁は,日本で染付とよばれる。
[03] イスラーム世界で発達した自然描写の画法や筆致がモンゴルに伝わり, 黄公望や王閣などの画法にその影響みられる。
[4] 火薬は, フビライ=ハンのアラビア圏への遠征を契機として, モンゴルにもたらされた。
[05] モロッコのタンジールに生まれたムスリムの旅行家であるイプン=バットウータは,中国, インドのほか, イリア半島やサハラ以南のアフリカ地域を旅し,『世界史序説』を著した。

下線部(オ)の説明として最も適切な記述を下から選び, その番号を(49)(50)|にマークしなさい。

[01] この王朝は, トルコ化したモンゴル貴族出身の軍人によって, 1370年に建てられた。
[02] 首都は,当初ヘラートに建設されたが、後にサマルカンドに移された。
[03] 中央アジアのモンゴル系遊牧民ウズベクによって滅ぼされた。
[04] アンカラの戦いでオスマン帝国を打ち破り, セリム1世を捕虜とした。
[05] ティムール朝第3代君主ウルダーベクは天文学を発展させた学芸君主として知られる。

1. アルメニアキリスト教 05, カザンハン 6. 金 10. 呉承恩
1.施耐電 15. 鮮卑
16. ゾロアスター 20. ネストリウス派キリスト教 24. フィリップ2世 25. フィリップ4世 28. フリードリヒ2世 29. ヘンリ3世 33.遮
34, ルイ9世
2. イスラーム教 7. クリム=ハン 12. 柔然 17. チベット仏教 21. 馬賀遠 26. ブハラ=ハン 30. ヘンリア世 35. ルイ13世
3. ウイグル
04. 王実意 08. コーカンドハン 9. 高則講 13. スキタイ
14, 西淀 18. 突験
19. 野澤 22. ヒヴァニハン 23. ヒンドゥー教
7. フリードリヒ=ヴィルヘルム1世 31. ヘンリ2世 32. 蒲松齢 3、ルイ14世

 


問題

以下の文章の空欄 (51) (52) ]から[ (55) (56) ], 並びに下線部(ア)及び (ウ)から(女)に関する設問 の文章の空欄 (57) (58) 及び (61) (62)|から」(73) (74)に入る最も適切な語句を語群より 選び, その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。また, 下線部(イ)に関する設問に答えなさい。

イギリスにおいては, 2016年にヨーロッパ連合(EU) からの離脱に対する賛否を問う。国民投票が行われ,離脱賛成が 過半数を獲得した。この投票結果を受け, イギリスは2017年に,ヨーロッパ理事会に対しEUからの離脱を通告した。ここで、 イギリスとヨーロッパ大陸諸国の関係を振り返ってみよう。

古代において,大プリテン島の一部はローマ帝国の属州であったが、西ローマ帝国の支配が終了した後、大ブリテン島 には諸部族の小国が分立した。それらの中でも, アングロ=サクソン系の有力な王国は、七王国と呼ばれるようになり, その一つが他を熊属させてイングランド王国の基礎を築いた。

他方で, ノルマン人の活動もヨーロッパ各地で活発になった。イングランドにおいては, ノルマン人の一派がデーン朝を 建てた後、アングロ=サクソン系の王家が復活した時期があったが, ノルマンディー公国の君主によって征服され、 ノルマン朝が建てられた。また, ノルマン朝の断絶後には, フランス西部に領土を保有していた遺族がイングランド王に 即位し,ブランタジネット朝を建てた。このように中世には, イングランドと,フランスの一部地域が同一の君主を裁いた 時期があったが, イングランドは、百年戦争に最終的に敗北し,フランスにおける支配地の大部分を失った。

近世以降、ヨーロッパ諸国の間には、植民地の獲得競争や、国境や王位継承などをめぐる戦争が頻発した。 第2次 英仏百年戦争に最終的に勝利したイギリスは,世界経済の主導権を握り,産業革命でさらに力を強めた。これに対し、 ヨーロッパ大陸の大半を支配下においた、フランス皇帝ナポレオンは、大陸封鎖令を発してイギリスの経済的孤立を狙った が、離反国が出るなどして成功しなかった。

ヨーロッパの統合は,第1次世界大戦後に既にその理念を提唱する者があったが,その本格的な進展は第2次世界 大戦後であった。1950年に発表された「[ (51) (52) =プラン」に基づき, フランスなど6か国は1952年にヨーロッパ 石炭鉄鋼共同体(ECSC)を設立した。これらの6か国は, 1967年にヨーロッパ共同体(EC)を設立し、イギリスは 1973年にECに加盟した。しかし、早くもその翌々年にイギリスにおいてECへの残留に対する賛否を問う国民投票が行われ、 この投票では残留賛成が過半数を獲得した。

その後EUが発足し、加盟国が拡大し統合が深化する一方で, イギリスはEUの共通通貨ユーロに参加しないなど, EUと慎重な距離を保っていた。EUは, EU憲法条約の発効を目指していたが, フランスや (53) | (54)は国民 投票の結果により同条約の批准を拒否したため, | (55) (56)|条約によって, ヨーロッパ理事会常任議長を設置 するなどの政治的統合を進めた。EU加盟国がEUから離脱する手続は, 2009年に発効した(55) | (56) 条約に よって明文で規定され, イギリスが2017年に行った離脱通告は,この手続が実際に用いられた初めての事例となった。 イギリスのEUからの離脱一いわゆるBrexit-一の行方は,世界から注目されている。

【設問】

下線部(ア)に関し, この国民投票においては, EUに加盟する東欧諸国からの外国人労働者の増加も争点の一つと なった。イギリス国家統計局が発表した2016年の統計によると,イギリスに在住する外国籍の住民のうち,その国籍国 として最も多い国は (57) (58)|である。

下線部(イ)に関し, ローマの属酬に関する最も適切な記述を選び, その番号を (59)(60) 口にマークしな

[Q] ラテン文学の傑作の一つである『ガリア戦記』を著したカエサルは, ガリア遠征の際に大プリテン島にも上陸し, | ディクタトル在任中に同島の一部を属州とした。
[02] 初めての属州であるシチリアにおいては、共和政末期に大規模な奴隷反乱が2度にわたって起こったが, いずれもクラッススによって鎮圧された。
[03] オクタウィアヌスプトレマイオス朝を滅ぼした後のエジプトが, アフリカ大陸における初めての属州であった。
[04] 属州とされたエジプトを起源とする密儀宗教であるミトラ教は、帝政期のローマで流行したが, キリスト教
広がりとともに衰退した。
[05] 属州の家柄から出た初の皇帝は、スペインの家柄の出身であるトラヤヌス帝であり,同帝の在位中, ローマ帝国メソポタミアアルメニアも版図とした時期があった。

下線部(ウ)に関し,7世紀から8世紀の人物である (61) (62) は, イングランドにおけるキリスト教の 伝道の歴史を記した『イングランド教会史』を著した。


下線部(エ)に関し,ウェセックス主家から王位に就いた (63)(64) 「が1066年に死亡した後の王位継承争いが, ノルマン=コンクェストの一因となった。

下線部(オ)に関し, イングランドは中世に発展した北ヨーロッパ商業圏の一翼を担っており, ロンドンにはハンザ 同盟の在外4大商館の1つが置かれていた。百年戦争があった時期に4大商館が置かれていた他の都市は, ノヴゴロド, ブリュージュと (65) (66)であった。

下線部(カ)に関し, ファルツ選帝侯額の継承権をめぐり1688年に勃発した戦争にはイギリスも参戦したが, この戦 争は1697年に締結された (67) (68) 条約により終結した。

下線部(キ)に関し、リーデルローの戦いで、イギリス・オランダ連合軍司令官としてナポレオン軍を敗北させた イギリスの軍人・政治家は, (69) (70) 口である。


「下線部(ク)に関し, オーストリアの外交官を父に持ち、東京で生まれた (71)(72) は,「パン=ヨーロッパ」 構想により,ヨーロッパ統合の必要性を主張した。

下線部(女)に関し, EU発足20周年の年にEUに加盟した国の首都は (73)(74)」である。

OI. アーヘン、 2. アムステルダム 3. アルフレッド 04. ウェリントン 5. エウセビオス 06. エグパート 7. エドワード(鐵海王)
08. オランダ
9. カニング 10. カルロヴィッツ 11. ガン
12. ギリシア 13. クーデンホーヴェ=カレルギー 14. クヌート 15. コペンハーゲン 16. ザグレブ 47. サライェヴォ 18.シュトレーゼマン 19. シューマン 20. ストックホルム 21. 聖パトリック 22, ダラディエ 23、ダンツィヒ 24. ニコシア 25. ニーズ
26. ネルソン 27. ハロルド2世 28. ピット 29, ピレネー 30, ヒンデンブルク 31, プライト 32, ブラチスラヴァ 3. ブリアン 34. ブリュッセル 35. ブルガリア 36, ブルム
37, ベーダ 38, ベルギー 39, ベルゲン 40. ベルンシュタイン 41, ポーランド 42, ホルティ 43. ポルトガル 44. マーシャル 45. マーストリヒト 46. ライスワイク 47, ラシュタット 48, ラトヴィア 49. リスボン 50. リトアニア 1. リュブリャナ 52.ルクセンブルク 53. ルッジェーロ2世 54, ルーマニア 55. ロロ

 


問 題 IN

以下の文章の空綱 (75) (76)|から (93) (94)に入る最も適切な語句を語群より選び, その番号を解答 用紙の所定の欄にマークしなさい。また, 下線部(ア)から(ウ)に関する設問に答えなさい。

トランプ米国大統領は,就任早々, メキシコとの国境に壁を建設する大統領令に署名した。不法入国者の越境を阻もうと するのは,主権国家としては当然のことであろう。にもかかわらず, この大統領令が国際世論に物議をかもした一因は、 壁を作るという行為に何らかの抵抗を感じる人が多かったからではないか。人は壁をどのようなものとして捉えてきたのか。 歴史を通して見てみよう。

古来より壁は外敵の侵入を防ぐ防護壁としての機能を果たしてきた。ローマ帝国は国境にいくつかの防塁を築いた。たと えば、五賢帝によって帝国北部に造られたものや, ゲルマニアとの国境である(75) (76)|川流域に築かれたものが 知られており,いずれも「ローマ帝国の園境線」として、ユネスコ世界遺産に登録された。それらは、長さが数十から 数百キロメートルにも及ぶことから, 日本語では「長城』と訳されるが, 英語では多くの場合,単に wallと表現される。

長城といえば、英語でまさにGreat Wallと表現される中国の万里の長城が思い浮かぶだろう。戦国の七雄の牽, 趙などが 築いていた長城を始皇帝が整備したものが万里の長城の起源とされる。万里の長城は明によって大規模な修復がなされた。 明末, 長城の東隣部分で | (77) | (78)|に面した山海関では,期の武将真部桂が清軍と対峙した。中国史で壁に まつわる戦いというと,後の三国鼎立を決定づけた赤壁の戦いも想起されるが, こちらは天然の崖である。王安石の新法の 一つで,農民への低金利での貸し付けを内容とする (79) | (80)|法に反対した人物としても有名な詩人蘇献は、 『赤壁獣』という大作の中で, この戦いを偲んでいる。

近現代史においても壁が重要な意味を持つことがある。世界恐慌発端の地となったウォール街の名称は,ニューネーデル ラントとしてこの地を統治していたオランダ人が築いた防護壁に由来するといわれる。 (81) (82)「戦争の講和 条約で,オランダはニューネーデルラントを失ったが、代わりにギアナの領有を認められた。その東には、流刑植民地と して知られるフランス領ギアナが隣接しており, 1895年には (83) (4)|がこの地に流されたが、現在は往時を 思い起こさせる監獄の壁が廃墟となって還されている。

第2次世界大戦中には, ドイツはヨーロッパ大西洋岸に沿って砲台や要塞を設置し,「大西洋の壁」と呼ばれる沿岸防衛 線を作ろうとした。「大西洋の壁」設置対象となった国は, スカンディナヴィア3国のうちの (85) (86)|とノル ウェー, ベルギー, 及びフランスなどである。敗戦後、ドイツは東西に分裂し,西ベルリンは壁で囲まれた。壁を越えよう として射殺された者は数知れない。後に市民の手によりこの壁は崩され, 東西ベルリンは自由な往来が可能となったが、 このことは冷戦構造の崩壊を象徴する出来事であった。壁には,自由の障壁越えようとする者に死をもたらすもの, 敵対 する勢力を分ける対立の最前線。といった負のイメージが付きまとうようになっていたのかもしれない。
他方, 建造物の内壁や外壁は、 宗教的信仰の場, 芸術的創造の場としても用いられてきた。古くはイスラエル王国 第3代の王ソロモンが建立し、後にヘロデ大王が修復、拡張したイェルサレム神殿は, (87) (88)「戦争で破壊 されたが、残った壁は「嘆きの壁」として,後に重要な祈りの場となった。また, レオナルドダヴィンチの「最後の 晩餐」は,『 (89) (90)]』に詳述されたイエスと12弟子の物語を題材にしており、キリスト教壁画の代表作で ある。仏教壁画としてはアジャンター石窟寺院のものが知られており,近くのエローラ石窟寺院では仏教、ヒンドゥー教 (91) (92)|教の宗教画や彫像が壁面に見られる。20世紀には, メキシコで緊園運動と呼ばれる芸術的潮流が 生じた。メキシコの壁画家たちは、メキシコ革命ナショナリズムに共鳴して,学が読めない人でも理解できるよう にと、役所や学校の壁にメキシコの歴史を描いていった。

かつて壁に豊かな芸術の場を見出したメキシコで, 韓国の大統領が延伸、強化を推進する国境の壁への反発が生じている。 このような状況を受けてベルリン市喪ミュラーは,かつてレーガンが半年後の (93) (94) |条約調印に向けて 協調しつつあったゴルバチョフに対してベルリンから発した言葉「この壁を壊しなさい」を引き合いに出しながら,「この 壁を作るのをやめなさい」とトランプに忠告を送った。 「イスラエルヨルダン川西岸地区ガザ地区を囲むために作った分離壁にも国際的な非難が大きい。イスラエルのこの ような施策については、『オリエンタリズム』の著者サイードも批判している。壁をめぐるせめぎ合いは、今後も世界 情勢を理解する上で重要であろう。

下線部(ア)宗教と壁に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を (95)(96)にマークしなさい。

[01] 新人が描いたとされるスペイン南部のアルタミラや北西フランスのラスコーの洞窟壁画には,多産や豊穣を祈る | 宗教的意味が込められていた。死者を埋葬しようという宗教的意識も,化石人類の中では新人に特有のものである。
[02] 中国の仏教壁画としては,敦煌莫高窟のものが有名である。莫高窟のように、岩を掘り進んで寺院としたものを石窟寺院と呼び, 雲崗や竜門でも見られる。敦煌, 雲崗の石窟寺院の編削は、仏教を保護した北魏の孝文帝の 「時代に始まっている。
[03] イスラーム圏では壁画などに闘祖らの肖像が描かれることは皆無に等しい。アブド=アッラプマーン3世がコルドパに建てた大モスク内の壁面に人物画が見られるのは,このモスクがキリスト教の大聖堂となったからである。
[04] 太陽神を奉じていたインカ帝国では, 高さ約6メートルにも及ぶ太陽のピラミッドが建設され, その石壁は寸分の隙間もなく非常に精巧に頼まれており、カミソリの刃も通さないほどと言われる。
[05] 北アイルランドではカトリック系住民とプロテスタント系住民が対立してきた。中心都市ベルファストには両者の居住地区を分ける通称「平和の壁」が築かれている。2005年, カトリック系組織のIRA武装闘争の終結を宣言 した。

下線部(イ) メキシコ革命に関する最も適切な記述を下から選び, その番号を (97) | (98)にマークしなさい。
[01] ロシア革命と同様にメキシコ革命でも,革命が起きたその年のうちに革命以前の旧政権が倒され、新政権が打ち立てられた。
[02] 革命期のメキシコで制定された憲法は, 8時間労働制など労働者の権利保障や, 大土地所有制の解体, 反教会主義を特徴とし,その後、修正が加えられながらも存続して, 2017年には制定100周年を迎えた。
[03] 憲法の制定をもってメキシコ革命は終了したという見方がある一方で、憲法に記された諸改革を本格的に実行に移したカランサ政権が終了する1940年までをメキシコ革命とみなす説もある。
[04] ソヴィエト政権の外務人民委員として, ドイツ帝国 オーストリア共和国など同盟国との講和条約締結に関わったトロツキーは, スターリンと袂を分かった後、世界各地を転々とし,最終的には革命期のメキシコ市に落ち着いたが, 1940年代半ば、かの地で暗殺された。
[05] メキシコ革命の混乱に乗じて, 一時メキシコに併合されていたグアテマラ以南の中央アメリカ諸国が独立を果たした。その後, グアテマラ, ニカラグア, パナマではメキシコを模倣した革命運動が活発化した。

「下線部(ウ)サイードが指摘したオリエンタリズムの説明として最も適切な記述を下から選び, その番号を | (99) (10) にマークしなさい。

[01] 主に西欧諸国で始まり東方へと広まった近代化は,人類を進歩させ, 幸福をもたらすものと考えられたが、逆に不平等や不正義を拡大させ、人間らしい生き方を奪い,多くの人を不幸にしているとする見方。
[02] 先進国の若者が、ベトナム戦争の長期化などを機に、支配的なエリートの文化に対抗し、独自の思想、芸術。服装で既存の社会に挑戦する態度。
[03] 西洋における学者の研究や知識人による発言にしばしば現れてきた。 中東 北アフリカ, インドなどを西洋とは異なる後進地域とみなす思考の様式で、植民地支配の正当化の論拠ともなったもの。
[04] ヨーロッパのキリスト教文明はもはや衰退しつつあり,やがて中東やインド, アジアなど東方世界の文明によって乗り越えられるという考え方。
[5] イスラエルが圧倒的な軍事力を有する状況で, パレスチナ問題解決に向けては PLOアラブ諸国に頼ったり住民による投石という手段に訴えたりするのではなく、詩や小説、音楽などに託して世界に発信すべきという主張。

05. オランダ侵略 10. 広州満 15, シク 20. スペイン継承 25 第1次英蘭
語群 01. イシズ
2. エルバ 06. 旧約聖書 07, 均輸 11, 膠州湾
12. ゴーガン 16, 使徒行伝 17. ジャイナ 1. 青黄
22. セーヌ 26, 第1次戦略兵器削減 29. 第2次戦略兵器削減 38. ドニエプル 34, ドレフュス 38, 部分的核実験禁止 39. ブーランジェ 42、包括的核実験禁止 43、募役 46, 南ネーデルラント継承 50. ライン
51. リトアニア
03. オーストリア継承 04. オーデル OS, タールベ
09. 黄河 13. 市易
14. 死海文書 18. スウェーデン 19, スエズ 23. 創世記
24. ゾロアスター 27. 第3次英蘭 28, 第2次英蘭 30, 中距離核戦力全廃 31. 長江 35. バビロン 36. フィンランド 40. ベルシア 41, ヘルツル 44. 保甲
45. 潮海 47. 6日
48, モーセ五書
32, デンマーク 37, 福音書
49. ユダヤ